| 4月 鑑賞会 |
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◆(朱実) 花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ 杉田久女 桜には見る人を興奮させる何かがあります。伝統的な行事や風習が 消えていく現代でさえ、花見は行われ、日本人にとって桜は特別な 花であり続けるのです。しかし現代の花見が桜の下で行われる宴会 になってしまったのに対し、昔は何日も前から準備し当日は一日掛 かりという一大イベントでした。だからこそ楽しみは何倍にもなり、 その余韻を表す「花疲れ」という言葉も生まれたのでしょう。 この句はそれを女性の視点から詠んでいます。桜を堪能し一日楽し んだ快い疲労の中、自宅で晴れ着から普段着に着がえる間、体を締 めている帯を解きひもを一本一本ゆるめるに従って今日の花見が蘇 ってくる。床に散らばる華やかな着物と色とりどりのひもの中に、 興奮を残しつつも少しけだるい表情の女性が立つ様子が浮かんでき て、その当時の俳句としては珍しく妖艶で官能的な世界が見事に描 かれていると思います。 ◆(幸江) 新樹かげ朴の広葉は叩き合ふ 前田普羅 朴の葉は激しく触れ合ってはいないのであろうが、 地に影を落とし平面となったと時、叩き合っているか のようだと。朴の葉の大きさ、質感からいかにもと思う。 影の動きから新樹の頃の風と光りが感じられる ◆(朝也) 踏青や古き石階あるばかり 高浜虚子 草がほのかに青みを帯び始めると、外に出て目的もなく歩いてみた いという衝動に駆られることがある。“踏青”とは、そうして春の 野山の青草を踏み遊ぶことを指し、単なる散策やそぞろ歩きまでを も含む。 草の青さに惹かれ、目的もなく歩いて行くと、空き地に行き着いた。 どうやら以前はそこに建物があったようだが、今はわずかに数段の 石階が残るばかりである。苔蒸してそれ自体暗い青を纏ってはいる が、しかし年月を経た石そのものの色も、周囲の青とのコントラス トを構成し、趣が深い。そしてまた、その石階があるために、周囲 の青も一層鮮やかに感じられるのであった。 とにかく石階のみを点出したことで、青草と石階の双方が鮮やかに 眼前に立ち現れる。俳句の基本とその奥行きを改めて感じさせてく れる。 芭蕉の夏草の句との味わいの違いを考えてみるのも、面白いのでは ないだろうか。 ◆(真知子) さし上げていよいよまはる風車 高浜虚子 子供に風車をあげたら、偶然回ったのか、それとも、子供が走って 勢いよく回ったのか。そんな、情景を思い浮かべるとほほえましく、 暖かい気持ちになります。 ◆(昌子) 春の水とは濡れているみづのこと 長谷川 かい 水が濡れていると言うのはあたり前の事ですが、春の水が濡れた水 と言い切る所に新しい感性を感じました。 これから春になる心の 高まりをも感じさせる句だと思います。 ◆(貴幸) 涼しさや鐘を離るる鐘の声 与謝蕪村 「涼しさや」の一言が寺の朝澄みきった空気をみごとにとらえている。 音が離れるとしたところ、立体的な空間の広がりをイメージさせ句に深 さを与えた。目に見えぬものをとらえる力、これは蕪村の独特の美意識 によるところも大きいが、そういった力にも感覚を働かせていきたい。 |